シャーデンフロイデ 1000万人を幸せにした人は、1つの過ちで「ダメ人間」になるのか

メンタル・コミュニケーション

こんにちは赤羽です。上井草すまいる鍼灸整骨院とレンタルサロンsimpleを経営しています。

「シャーデンフロイデ」という言葉を聞いたことがありますか。

最近流行っている、美味しそうなデザートではありませんよ😆

ドイツ語で、Schaden(損害)とFreude(喜び)を組み合わせた言葉です。

他人の不幸や失敗を見て、喜びを感じてしまう心の動きを指します。

日本語でいえば「他人の不幸は蜜の味」ですね。

あなたも誰かが失敗したのを見て、なんとなく優越感を味わったことあるのではないでしょうか?

それは恥ずかしいことではありません。

みんな言わないだけで、誰もが感じている感情なのです。

脳科学者の中野信子さんは、著書『シャーデンフロイデ』の中で、この感情が人間の脳に備わった自然な反応であることを解説しています。

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良かったですね。あなただけでは無いのです。

誰の中にもある感情です。

一度の失敗で、すべてが消える社会

よくある構図があります。

  • 数多くのヒット曲を出してきたミュージシャン
  • 何十年も人を笑わせてきた芸人
  • 国を背負って戦ってきたスポーツ選手
  • 多くの人を感動させてきた役者
  • 作品で人の人生を明るくしてきた映画監督

多くの人が彼等に励まされ、救われてきました。

彼らのお陰で

  • 「夢を諦めなかった」
  • 「生きる気力をもらった」
  • 「大切なものに気付いた」

そんな人も多数いる。

ところがある日、不倫が報じられたり、昔の不用意な発言が掘り起こされる。

その瞬間、SNSには批判が殺到します。

番組は降板、CMは打ち切り、作品の配信が止まることもあります。

昨日まで「大好き」と言っていた人たちが、今日は石を投げている。

私はこの光景を見るたびに、少し考えてしまいます。

100万人の幸せと、1人の不幸

例えば、ミリオンヒットを持つアーティストで考えてみましょう。

100万枚CDが売れたということは、100万人以上の人を幸せにしてきたとも言えます。

その人が、身近な1人を傷つけた。

この人は、ダメ人間なのでしょうか。

足し算で考えれば、答えは簡単です。100万の幸せから1を引いても、圧倒的にプラスです。

でも、話はそう単純ではありません。

傷つけられた1人にとっては、100万人の幸せは何の慰めにもならないからです。

人の痛みは、他の誰かの幸せで相殺できるものではありません。

だから凄いことをした人がした不誠実な行為を「大したことないじゃん」と言いたいわけではありません。

問題ないとは思いません。

どんなに良いことをした人でも悪いことは悪いことです。

ただ、もう一つ問いたいことがあります。

その1人の痛みに、関係のない私たちが石を投げる資格はあるのでしょうか。

謝罪会見

テレビやネットで流されている謝罪会見で

「この度は大変お騒がせしてしまい、申し訳ございませんでした。」

という謝罪を見ることがよくある気がします。

この謝罪は、傷つけてしまった誰かに対しての謝罪ではなく、世間に対しての謝罪です。

私個人的には、「顔も名前も知らない誰かが勝手に騒いでいるだけで、あなたとは関係ないのでは?」と思ってしまいます。

彼等は常に騒ぎたくて、騒ぐためのネタを探しているのですから。

花見で酒を飲んでいる人は桜が咲いたから酒を飲んでいるのではありません。

酒を飲みたい人が桜が咲いたからそこで飲んでいるだけです。

誰のための怒りなのか

犯罪は別です。法で裁かれるべきことは、裁かれるべきです。

でも、夫婦や個人間の問題は、その当事者が向き合うことです。

謝罪するなら、傷つけた相手に対して行えば良いことです。

関係のない人たちが一斉にある人を叩いている時、その怒りは本当に傷ついた人のためでしょうか?

もしかすると、正義の顔をしたシャーデンフロイデかもしれません。

成功していた人が落ちていく姿に、心のどこかで快感を覚えている。

自分でも気づかないうちに。

もちろん公の立場にある人に説明を求める声や、スポンサーが契約を見直すことには、それぞれの理由があります。

批判すること自体が悪いわけではありません。

ただ、行為への批判と、その人の積み上げてきたものすべてを否定することは、別の話だと思うのです。

日本には「罪を憎んで、人を憎まず」という言葉もありますよね。

作品と人を、分けて考える

その人の過ちは、過ちとして受け止める。

でもその人の作品に救われた事実まで、なかったことにする必要は無いのでは無いでしょうか?

100万人を幸せにしたことも、1人を傷つけたことも、どちらも本当のことです。

片方だけを見て、人を判断しないこと。

多面的に物事を見られるようになることが重要だと思います。

言葉で言うのは簡単ですが、とても難しいことですけどね。

治療家も同じ

治療家も、信頼を積み上げて成り立つ仕事です。

何年もかけて築いた信頼が、一つの失敗で崩れることがあります。

毎日5人の施術を年間で200日、10年間続けたとします。

延べ1万人の健康に貢献してきたことになります。

でも一つの失敗でそれを失ってしまうことがあります。

「築城三年、落城三日」です。

だからこそ、誠実であり続けることが大切です。

そして同時に、誰かが失敗したとき、自分の中にシャーデンフロイデが湧いていないか。

一度立ち止まって見つめてみる。

人を叩く前に、自分の心を見る。

それができる人が、人を癒す仕事に向いているのかもしれません。

今回の内容が気に入った人には、中野信子さんのシャーデンフロイデはオススメです。

より詳しく説明してあるし、わかりやすい事例が多数載っています。

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